大阪地方裁判所 平成10年(ワ)9173号 判決
原告 長野義秋
同 長野多恵子
右原告ら訴訟代理人弁護士 栗原良扶
同 上原武彦
同 東野修次
被告 ネイビーカンパニーこと 桑原達也
右訴訟代理人弁護士 八代紀彦
同 佐伯照道
同 天野勝介
同 中島健仁
同 森本宏
同 山本健司
同 渡辺徹
同 滝口広子
同 児玉実史
同 生沼寿彦
同 飯島歩
同 中森亘
同 小瀧あや
同 奥田孝雄
同 町田行功
同 末永久大
同 敷地健康
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ三三八四万七二九五円及びこれに対する平成九年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ五〇七五万四三二四円及びこれに対する平成九年九月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の主催したスキューバダイビングツアー(以下「本件ツアー」という。)に参加した原告らの長男がスキューバダイビング(以下「ダイビング」という。)をしている際に溺水し、その四日後に死亡した事故につき、原告らが被告に監視義務違反の過失があったとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
1 長野公一(昭和四六年一〇月二〇日生)は、大阪大学大学院工学部材料物性研究室の学生であった(甲二四)が、平成九年九月八日に死亡した。原告らは公一の両親である。
被告は、大阪市北区においてネイビーカンパニーという屋号でダイビングショップを経営し、その営業としてガリバークラブという名称でダイビングツアーを企画・主催する者である。
2 公一は、平成九年二月、民間のダイビング指導団体であるシーマス(CMAS)の発行する認定証を取得するため、学科講習や被告の主催した二本の海洋講習等を受け、シーマスから「オープン・ウォーター・ダイバー(シーマス・1スターダイバー)」の認定を受けた。公一は、本件ツアーに参加するまでに、同年三月にエジプトの紅海において三本のダイビングを経験していた(甲二〇。書証は枝番を含む。)。
3 公一は、被告のダイビングショップにおいて、ガリバー・ダイビングツアー参加申込書(以下「本件申込書」という。甲一)に記入して被告の主催する本件ツアーへの参加を申し込んだ。
4 本件ツアーは、平成九年九月三日及び四日に福井県丹生郡越前町神保港沖を目的地として実施され、参加者は、公一、仲野かよ、岩村としみ、原忠志、中村由美、大下陽子、谷明子及び八頭司陽子の合計八名、引率したスタッフは、被告、大谷友宏、清水郁子及び越智直美の合計四名であった。
被告は、昭和五八年に国際ダイビングスクール協会(ADS)及びシーマスにおけるインストラクター(指導員)の認定を取得し(乙一二)、大谷はアシスタントインストラクター、清水はダイブマスターの認定を受けていた(乙五、六、一三)。
参加者の本件ツアーまでの経験潜水本数は、仲野が八〇本、岩村が五〇本、原が八本、中村が二〇本、大下が四本、谷が五本、八頭司が九本であった(乙三)。
5 公一は、平成九年九月三日午後一一時ころ、スタッフや他の参加者とともに現地の民宿に到着し、四日午前〇時三〇分ころ就寝した。翌朝は午前八時ころ起床し、民宿の朝食を摂った後、午前九時四〇分ころに船体の長さ約一〇ないし一二メートルの漁船に乗船して出発した。
潜水場所は、新保港から一〇〇ないし二〇〇メートル沖合の水深約二三メートルの海底に沈んだ船の周囲であり、沈船ポイントと呼ばれていた。
被告は、船上で、参加者に対し、いかりを結んだアンカーロープに沿って潜降することを説明し、公一と原が一緒にバディ(互いに安全確保の監視を行うための二人一組のペア)を組むよう指示した。
船が沈船ポイント付近に到着すると、船首からいかりが降ろされ、海底の沈船付近で固定された。
同日の天候は晴れ、風はなく、気温摂氏三〇度、水温摂氏二六度、透明度(水面から海底への見通し)は五ないし一五メートル、透視度(水中の水平方向の見通し)は七ないし一二メートル、うねりはごく少なく、流れは若干程度であった。
6 最初に、大谷が船首付近から海上にエントリー(入水)し、それに続いて、船首左側から岩村、仲野、原が、船首右側から公一がエントリーした。中村、大下、谷、八頭司は船尾付近からエントリーした。清水と越智は参加者のエントリーを補助した。
公一は、エントリー直後、船上の清水に対し、公一が持参した水中カメラを取るよう依頼した。清水が船上からカメラを手渡すと同時に「大丈夫ですか。」と声を掛けると、公一はレギュレーター(空気の吸入口)を外して「大丈夫です。行きます。」と答えた。
被告は、船尾右側付近からエントリーしたが、海上で船尾の方に移動してきた公一に会い、アンカーロープのある船首に移動させるため、公一に対し、「前の方に泳いでください。大丈夫ですか。」と言った。公一は「大丈夫です。」と答えて船首の方に泳いでいった。
7 本件事故の発生
公一は、午前一〇時ころ、船尾から一五ないし二〇メートル後方の海底で、足を前に出し、両手を下向きにして座った姿勢で、レギュレーターは外れて顔の横約一〇センチメートルのところにあり、呼吸はしておらず、着用していたBCジャケットには空気が入っていない状態で溺れていた(以下「本件事故」という。)。
大谷は、公一を発見し、同人のBCジャケットに空気を入れて浮上させようとしたが、空気を入れることができなかったので、大谷のBCジャケットに空気を入れ、公一を抱えた状態で急浮上した。被告は浮上中の大谷に追いつき、公一の口にレギュレーターを入れ、空気を送り込みながら一緒に浮上し、水面で近くを通ったダイビングサービスの小型船「ブルーマリン号」に助けを求めた。大谷と被告は、右小型船に乗船後、公一の心肺蘇生術(CPR)を行い、港に上陸後、救急車が到着するまでの間も心肺蘇生術を行った。
8 公一は、救急車で最寄りの織田病院へ運ばれた後、福井赤十字病院に転送されたが、意識不明のまま、平成九年九月八日午前一一時三四分、溺水により死亡した。
二 争点
1 監視義務違反の有無
2 免責の合意の成否及び効力
3 過失相殺
4 損害
三 争点に関する当事者の主張
1 監視義務違反の有無
(原告らの主張)
(一) 被告は、本件ツアーを企画し、主催する者として、参加者の人数、ダイビングの経験の有無及び回数、技術の程度、体調等に応じて必要な人数のスタッフを揃え、適切に人員を配置した上で、被告及び履行補助者のスタッフによって参加者を監視して動向を把握し、参加者に異常が生じた際には適切な指示又は措置を行う義務を負う。
(二) 被告が各スタッフの役割を指示せず、公一を監視する役割が誰であるかが不明確なままダイビングを実施したため、被告及び履行補助者であるスタッフは公一の監視を怠り、同人の動向を把握することができなかった。公一を監視し、動向を把握していれば、同人に起こった異常を直ちに発見し、速やかに救助して一命を取り留めることができたはずであるから、被告らの監視義務違反と公一の死亡との間の因果関係は認められる。
(被告の主張)
(一) 被告は、本件ツアーを企画・主催する者として、参加者に対し、潜水場所の選択、ダイビング計画の決定、気象状況の確認及び危険な潜水場所の回避などの企画に関して適切な環境設定を行う義務及び事故を発見した場合に最善の方法による救護措置を採る義務を負うが、被告は右の義務をいずれも履行したものである。被告は右義務以外に、公一に対して何ら義務を負うものではない。
ダイビングツアーは、ダイビングの能力を持った者が自己責任を前提として参加を申し込むものであり、特に合意をしない限り、ツアー主催者は参加者を常時監視すべき義務を負わない。
(二) 公一は、本件ツアーに関して起こり得るすべてのリスクが参加者に帰属することを認める旨の条項が記載された本件申込書に署名し、被告の監視義務を免除する合意をしたから、被告は公一に対して契約上の監視義務を負わない。
(三) 仮に、被告らスタッフが公一ら参加者を監視する義務があるとしても、参加者に予測される事故は耳抜きができないことなどにより潜降できない場合しかないので、被告としては、船首・船尾の両方でエントリーを補助する役割、海底で待機して参加者を確認する役割、参加者の最後尾からアンカーロープ付近を潜降して監視する役割及び海上で潜降できなかった参加者を補助する役割のスタッフをそれぞれ配置し、右スタッフがそれぞれの場所において監視すれば足りるというべきである。潜降は、各参加者の能力に応じた速度で行うものであり、全員を引率して潜降する必要はない。
大谷は、先頭になって潜降し、三名の参加者の潜降を確認した後、中層まで戻って他のダイバーを確認したのであり、海底で待機する役割を果たした。清水は、公一のエントリー後、安全を確認した上でカメラを手渡し、口頭で安全を確認したものであり、船上でエントリーを補助する役割を果たした。被告は、船尾方向に流された公一の安全を確認した上で、アンカーロープを伝って潜降するよう指示した後で、船尾でエントリー中の参加者の補助に行ったものであり、公一を補助する義務を果たした。そして、被告は、参加者の最後尾から潜降し、アンカーロープ付近を監視する義務を果たした。
本件事故は、公一が、潜降地点であるアンカーロープから離れて被告の用意した監視体制から離脱したために生じたものであるから、そのような予測不可能な事態によって監視体制から外れた公一の行動を監視することは不可能である。
2 免責の合意の成否及び効力
(被告の主張)
公一は、傷害、死亡その他の事故が発生した場合に被告が責任を負わないことに同意する旨の免責条項が記載された本件申込書に署名し、被告の免責に合意した。したがって、被告は債務不履行責任を負わない。
(原告らの主張)
(一) 免責の合意は成立していない。すなわち、本件申込書の免責条項は、経験本数の申告、機材レンタルの申込み等の項目と混在して記載されているにすぎず、文言も抽象的であり、被告から免責条項の説明もなかったのであり、公一が免責条項の意味及び重要性を認識することはできなかった。また、本件申込書の控えもなく、申込者が事後にその内容を確認できないものであった。
(二) 仮に、免責の合意が成立したとしても、被告の監視義務違反により生命への侵害が生じた場合にまで責任を負わないことを内容とする合意は、公序良俗に反し、無効である。
3 過失相殺
(被告の主張)
本件事故は、被告がアンカーロープ沿いに潜降することを指示したにもかかわらず、公一がアンカーロープに沿って潜降せず、自らの意思で被告の監視体制から離脱したことによって生じたものである。
(原告らの主張)
本件事故が公一側にトラブルが発生したことにより生じた可能性はある。しかし、不測の事態に備え、未然に事故を防止するために、被告には監視義務が課せられていたのであるから、それを怠った被告が過失相殺の主張をすることはできない。
4 損害
(原告らの主張)
(一) 逸失利益 六八六三万二六八二円
公一は、本件事故当時二五歳の大学院生であり、平成一〇年四月から株式会社東芝へ就職することが内定していた。したがって、同人の逸失利益の算定に際しては、平成八年度賃金センサスの製造業・従業員一〇〇〇人以上・男子・技術労働者・大卒の全年齢平均を適用するのが相当である。これにより逸失利益を算定すると次のとおりとなる。
<1> 決まって支給する給与額 四六万五四〇〇円
<2> 年間賞与その他特別給与 二二九万三六〇〇円
<3> 平均年収(<1>×一二か月+<2>) 七八七万八四〇〇円
<4> ライプニッツ係数 一七・四二三
<5> 生活費控除 五〇パーセント
逸失利益(<3>×<4>×<5>) 六八六三万二六八二円
(二) 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円
(三) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円
(四) 弁護士費用 九二二万八〇五九円
原告らの損害は右のとおり合計一億〇九〇六万〇七四一円であり、原告らはそれぞれ法定相続分二分の一の五四五三万〇三七〇円のうち五〇七五万四三二四円及びこれに対する本件事故の日である平成九年九月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
争う。
第三当裁判所の判断
一 本件事故の経緯
前提事実、証拠(甲一ないし二四、乙一ないし一五、調査嘱託の結果、証人大谷、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件ツアーは、もともと和歌山県串本沖を目的地とするものであったが、約二日前の平成九年九月一日ころ、台風の影響により福井県丹生郡越前町神保港沖に変更された。公一は、目的地が変更された旨の連絡を受けたが、本件ツアーに参加することとした。
2 本件ツアーの参加者とスタッフは、平成九年九月四日午前九時四〇分ころ、新保港から船体の長さ約一〇ないし一二メートルの漁船に乗って出航した。当初被告は、新保港から一〇〇ないし二〇〇メートル沖合の「みつぐりポイント」と呼ばれる場所を潜水する計画を立てていたが、出航後に船長の薦めにより、そこから三〇ないし五〇メートル離れた「沈船ポイント」で沈んだ船の周囲を回る計画に変更した。被告は沈船ポイントでのダイビングの経験が二回あった。沈船ポイントは、水深約二三メートル、地底は平坦な砂地であった。当日のコンディションは、天候が晴れ、風はなく、気温摂氏三〇度、水温摂氏二六度、透明度は五ないし一五メートル、透視度は七ないし一二メートル、うねりはごく少なく、流れは若干程度であった。
3 被告は、出航後、参加者とスタッフを船尾に集合させ、潜水場所が沈船ポイントであること、アンカーロープに沿って潜降すること、海底で全員集合すること、潜降時間が約三五分間であることなどを説明し、公一と原が一緒にバディを組むよう指示した。
その際、被告は大谷に対して船首からエントリーする参加者の監視を指示するつもりで「前をたのむで。」と指示し、それを大谷は一番先に潜降して海底で待つように指示されたと理解したが、被告と大谷はそれ以上の話をしなかった。
被告は、清水と越智に対し、大下(経験潜水本数四本)と谷(経験潜水本数五本)を特に注意して見るように指示した。
4 漁船が沈船ポイントに到着していかりが降ろされると、午前九時五〇分ころ、大谷が最初に船首付近から海上にエントリーした。エントリーはバックロール方式(船縁から後向きに落込む方法)が採られた。
大谷に続いて、岩村、仲野、原が船首左側から順次エントリーした。清水と越智は、船上で参加者のエントリーの補助に当たった。
5 大谷は、船首左側からエントリーした岩村、仲野及び原がアンカーロープ付近に到着し、潜降できる状態になったことから、同人らの先頭に立って潜降を開始し、海底まで誘導した。大谷は、岩村、仲野及び原に対して海底で待機するように指示した上で、海底から約一〇メートル上層に戻り、海底の三人の様子も見ながら、後から潜降してくる参加者を待ち、水面の方を監視した。
6 公一は、岩村、仲野、原に続いて船首右側からエントリーし、船上の清水に対し、水中カメラを取るよう依頼した。清水がカメラを手渡す際に「大丈夫ですか。」と声を掛けると、公一はレギュレーターを外して「大丈夫です。行きます。」と答えて泳いでいった。清水は、その後、船尾付近からエントリーする参加者を手伝いに行き、公一を見ていなかった。
7 被告は、船尾右側付近からエントリーしたが、水面上で船首から船尾の方に移動してきた公一に会い、アンカーロープのある船首に移動させるため、「前の方に泳いでください。大丈夫ですか。」と言った。公一は「大丈夫です。」と答えて船首の方に泳いでいった。
被告は、その直後、船尾付近からエントリーした中村からレギュレーターの調子がおかしいと言われ、正常に作動するかどうかを確認していたため、公一を見ていなかった。そして、中村のレギュレーターには異常がなく、同人は、船首のアンカーロープの方へ泳いでいった。
8 被告は、清水と越智が船尾からの谷らのエントリーを補助しているのを確認した後、アンカーロープに沿って潜降を開始し、先行していた中村を追い越し、海底付近に到達した。そして、海底に三名しか待機しておらず、原にバディである公一について尋ねたところ、公一がいないことがわかったため、被告は、直ちに浮上した。
一方、海底から約一〇メートル上層で後続者を待っていた大谷も、被告の後に中村、八頭司、谷、大下及びスタッフの清水、越智が潜降してきたものの、人数が足りず、公一がいないことに気付いて、浮上し、船長に全員がエントリーしたことを確認した後、同じく浮上してきた被告にハンドシグナルで公一がいないことを伝え、船尾方向の水中の捜索に向かった。
9 大谷は、まもなく、船尾から一五ないし二〇メートル後方の海底で、足を前に出し、両手を下向きにして座った状態の公一を発見した。公一のレギュレーターは外れて顔の横約一〇センチメートルのところにあり、呼吸はしておらず、着用していたBCジャケットには空気が入っていない状態であった。
二 争点1(監視義務違反の有無)について
1 被告は、本件ツアーの主催者として、ダイビング計画の内容(難易度、危険度)、当日の気象条件、参加者の人数、ダイビングの経験、技術の程度、体力を考慮し、必要なスタッフを適切に配置して、ツアー中の参加者の安全を図る義務を負うと解される。そして、参加者八名の中に経験潜水本数一〇本以下の者が公一を含め五名おり、ダイビングツアーへの参加が初めての者も含まれていること、初心者の場合には、水面上から潜降を開始する際にBCジャケットの空気抜き、耳抜き(鼓膜の内側から圧力をかけることにより、潜降につれて変化する水圧とのバランスをとること)、マスククリヤー(水中マスクに入った水の排出)等の一連の操作を行わねばならず、この間にトラブルを生じたり、海流の影響等により予定していた潜降場所から流される危険性のあることに照らすと、被告は、本件ツアーに当たり、特にエントリーから海底の集合場所にたどり着くまでの間は、参加者全員の動向を監視し、異常事態が発生したときは直ちに適切な指示又は措置を行う義務を負うと解するのが相当である。右義務は、参加者との間の契約上の債務であると同時に、一定の危険を伴うダイビングツアーを営業として行い、これにより利益を得ている者として負うべき不法行為法上の注意義務でもある。
被告は、ダイビングの能力を持った者が自己責任を前提としてダイビングツアーへの参加を申し込むのであり、特段の合意のない限り、ツアー主催者は参加者を常時監視すべき義務を負うものではないと主張する。しかし、海中でのダイビングには様々な危険を伴うものであり、ツアー参加者の技術、経験の程度も多様であって、全員が独力で安全にダイビングを行い得るとは限らないことに照らすと、計画の内容や参加者の技術、経験の程度に応じて、主催者に参加者の安全を図る義務が課せられるのは当然であり、少なくとも本件ツアーにおいては、被告は前記の注意義務を負うというべきであって、被告の主張は採用することができない。本件申込書(甲一)に参加者が本件ツアーに関してすべてのリスクを負担する趣旨の記載のあることは、被告の注意義務に関する右判断を左右するものではない。
2 前記認定事実によれば、被告は、大谷が先にエントリーした参加者とともに先ず潜降して集合場所まで誘導し、被告がその後にエントリーした参加者とともに後方から潜降することにより、大谷と被告とで参加者の動向を監視し、清水と越智は初心者である大下と谷を特に補助するという監視態勢をとったものの、被告と大谷との役割分担は必ずしも明確ではなく、両者の間に微妙な認識の違いのあったことがうかがわれる。そのため、大谷は、船首側からエントリーした四名のうち、公一の動向を確認しないまま、他の三名を先導して海底まで潜降し、他方、被告は、船首からエントリーした四名は大谷が監視しているものと考え、主として船尾からエントリーした四名の動向のみを監視する結果となった。公一は、一旦船尾方向に移動し、被告から声をかけられて、アンカーロープのある船首の方向に向かったことが目撃されており、その後アンカーロープに沿って潜航を開始するまでの間に何らかの異常事態が発生したものと考えられるが、公一を含めた参加者全員についてエントリーの後、アンカーロープに沿って潜降を開始するまでの動向を監視する態勢がとられていれば、公一に発生した異常を発見し、適切な措置を採って事故の発生を防止し得たものと考えられる。
以上によれば、被告は前記注意義務を怠ったものと認められ、債務不履行又は不法行為に基づき公一の損害を賠償すべき義務を負うというべきである。
三 争点2(免責の合意の成否及び効力)について
被告は、公一が免責条項の記載された本件申込書(甲一)に署名したことから、被告と公一との間に免責の合意が成立したと主張し、甲一には、「1 私に傷害、死亡、その他の事故が発生した場合にも、私自身、私の家族、後継者、その他の関係者に対する責任は発生しない事に同意する。2 予想されると否とにかかわらず、ツアーに関して起りうる全リスクは私個人に帰属されるものであり、上記ツアーに私が参加することによって、私自身、私の家族、相続財団、相続人、その他の関係者は何等異議を有せず、請求権を有しない事を確認する。」の記載があることが認められる。
しかし、本件申込書に右のような記載があるからといって、被告主張のような免責の合意が成立したと認めることはできないし、仮に右合意が成立したとしても、ダイビングツアーの一般的な危険性や本件ツアーの参加者の中に技術、経験の十分でない者も相当含まれていることに照らすと、身体及び生命に侵害が生じた場合にまで被告の責任を免除することを内容とする合意は、公序良俗に反し、無効であるというべきである。
したがって、被告の主張は採用することができない。
四 争点3(過失相殺)について
前記一の認定によれば、公一のBCジャケットは、同人が海底で発見された際には空気が入っていなかった事実が認められる。そして、証拠(乙六、七、証人大谷)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後の確認により、公一の着用していたBCジャケットと空気タンクを接続するコネクターが外れていたことが認められるが、他方で、コネクターが外れても、外れた部分からBCジャケット内の空気が抜けないこと、ほかにはBCジャケットに何ら異常がなかったことも認められる。右事実に鑑みれば、公一が自らの意思によりBCジャケットの空気を抜いたこと、すなわち潜降のための操作をしたことが推認されるというべきである。
そして、前記一の認定事実のとおり、被告は、水面上で公一に船首方向に泳ぐように指示した直後、中村のレギュレーターが正常に作動することを確認し、その後船首まで泳いでいき、アンカーロープ沿いに潜降したが、その際に公一に会うことはなかったのであるから、公一がどのような経路で潜降したのかは明らかではないものの、同人が潜降の方向を誤り、あるいは潜降の際の機材の操作や手順を誤ったために、アンカーロープから離れ、船尾方向に流されていったと推認される。
被告は、公一ら参加者に対し、アンカーロープ沿いに潜降し、海底で集合することを指示したものであるところ、公一はオープン・ウオーター・ダイバーの認定を受けており、右指示の意味について十分理解する能力があったと認められること、被告による監視の有無にかかわらず潜降の操作自体は公一が一人で行う必要があることに鑑みれば、同人にも潜降方法を誤った過失があったというべきであり、その過失割合は被告が七割で、公一が三割と解するのが相当である。
五 争点4(損害)について
1 逸失利益
前提事実及び証拠(甲二三、二四、原告多恵子本人)によれば、公一は、本件事故当時、二五歳の大学院生であり、平成一〇年四月から株式会社東芝に就職することが内定していた事実が認められる。
平成九年度賃金センサスによれば、大学卒業程度の学歴を有する男子労働者の産業計・企業規模一〇〇〇人以上の全年齢平均賃金は七七六万三八〇〇円(月収四六万四六〇〇円、年間賞与その他の特別給与年額二一八万八六〇〇円)である。
そこで、基礎収入を七七六万三八〇〇円とし、生活費控除率五〇パーセント、二六歳から六七歳までの四一年の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数である一七・二九四四を乗じて算定すると、公一の逸失利益は六七一三万五一三一円(円未満切捨て、以下同じ。)ということになる。
2 慰謝料
本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると慰謝料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
3 葬儀費用
公一の社会的地位その他諸般の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係のある損害としての葬儀費用は一〇〇万円とするのが相当である。
4 過失相殺
1ないし3の損害につき、三割の過失相殺を行うと損害額は六一六九万四五九一円となる。
5 原告らが公一の両親であることは当事者間に争いがなく、原告らは、右損害賠償請求額の二分の一ずつを相続したものと認められる。
6 弁護士費用
原告らが被告に対する損害賠償請求権の行使のための本件訴訟の提起、追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任した事実は当裁判所に明らかである。本件の事案、請求認容額その他の事情を考慮すると、不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用の額は、それぞれ三〇〇万円が相当と認められる。
第四結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、原告らが、被告に対し、それぞれ三三八四万七二九五円及びこれに対する公一の死亡の日である平成九年九月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお、原告らは、選択的に債務不履行をも主張するが、債務不履行による損害賠償請求権は催告により初めて遅滞に陥ることに鑑みると、債務不履行を理由とする請求の認容額は、不法行為を理由とする請求の認容額を上回るものではないというべきである。)。したがって、原告らの請求を右限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 青木亮 裁判官 山田真依子)